居酒屋探偵DAITENの「がっかり録」第8回/中目黒・金曜日の杞憂
中目黒・金曜日の杞憂
SAKURAと二人向かったのは、居酒屋ファンならば誰でもが知っている中目黒の有名店である。
ある舞台関係の社長さんからその店を教えていただいたのは、もう十数年前であった。「店は小さいけれど、安くてうまい物を出す居酒屋がある。でも、いつも混んでいるので今日は入れるかどうか・・・」とおっしゃる。行ってみると、やはり満席で入れなかった。
それを機に、中目黒での稽古帰りに数人で時々寄るようになった。お連れした俳優の皆さんやスタッフも喜んでくれた。裏通りの小さな店なので、ふりの客は少ない。ほとんどが常連客のようであった。それは、お店の方がほとんどのお客さんを名前や愛称で呼ぶのですぐに解った。これがこの店の客との距離感なのだなと思ったものである。それからずいぶんと時が流れた。
ある金曜日の夜、今日も入れないことを覚悟しながらその店の前までやってきた。しかし、春の嵐とも言える大雨の日であり、すでに午後10時を過ぎているので、少しは空いているかもしれない。
引き戸を開けてみる。だが、予想に反して、店内はほぼ満席の様子であった。
普段は通路になっている場所に席を作ってくれ、やっと入ることが出来た。
瓶ビール大瓶を頼み、のどを潤す。店は十数年前に比べて数倍に拡張されていた。その広い店内が客でいっぱいである。私の座らされた場所がちょうど要の位置なので、私の身体が人通りを止めてしまうのではと心配になる。帰る客がいる。どんどん入ってくる客もいる。すぐ近くのトイレの前に列ができた。とても午後十時過ぎとは思えない盛況ぶりである。
店内は混乱していた。すでに、品切れとなっているツマミも多かった。ホッピーの氷無しを頼んだのに、氷入りで出てくる。しかし、特に怒ったつもりはないが、反応した私の声が大きかったのか、顔が恐かったのか、すぐに気がついて取り替えてくれた。
次々に注文が飛び交う。店員が通りかかると、どんどん注文の声がかかる。すでにお客さんたちもずいぶんと酔っているので、自分の注文を通すことだけを考えている。大声で叫ぶ。店員と客のタイミングも合わない。まるで、アメリカのドラマ「ER」の手術シーンを見ているように言葉が飛び交うのである。実に落ち着かない。
やがて、常連客らしい年輩の男性がやってきた。店の人がカウンターの左右の客に声をかけてづれてもらい、そこに椅子を持ってきて、やっと座ることが出来た。
店内のほとんどが若い客である。女性比率も高い。男女の合同コンパのような雰囲気の団体もいる。会社帰りのサラリーマンらしき集団もいる。ほとんどがグループ客なのである。その中に大声で騒ぐ若い娘がいた。太く雑音の多い声質である。自分の声がどんなに他人にとって耳障りなのか解らないようである。周囲の客がその娘を見る。しかし、本人は気づかない。今時の言葉を使えば「KY=空気が読めない」なのである。こういう女性客はチェーン居酒屋でよく見かける。店の人は無視をしている。やはり、さりげなく注意をするべきである。
そんな喧噪の中、ボトルキープされた焼酎を飲みながら、窮屈そうに一人座っている常連らしき男性客。昔はこの店の主役は、このような男性の独り客であったに違いない。何かが変わってしまった。
SAKURAが「あの頃の常連さんは、ほとんどいないでしょうね」と言う。
今や予約をしないと入れない店になってしまったそうである。30分ほどで外に出ることにした。お勘定をお願いする。価格は昔ほど安くはない。お通しの価格が高かった。
店の外に出る。ホッとする。
「金曜日に来たのが失敗だね」と私が言うと、
「もう私はこの店に来ることはないと思う」とSAKURAが言った。
もの皆、変わってゆくのである。
今日の私の一言、「店にとって最大の見方も最大の敵も客である」
(了)
前回の居酒屋探偵DAITENの「がっかり録」へ


「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら。
こちらクリックお願いします→ FC2 Blog Ranking
こちらクリックお願いします→ 人気blogランキングへ
実力派俳優になりたい人は→ 演出家守輪咲良のページ「さくらの便り」
承認待ちコメント